2013年12月30日月曜日

Tarragona

昨日はタラゴナに行って来た。Ahir vam anar a Tarragona.レンフェでサンツから一時間くらい。
まずはローマ時代の闘技場。Amfiteatre romà.向こうに地中海が見える。
 そしてアレーナとプレトリ。Circ romà i Pretori.
 その上に登ると向こうにカテドラルが見えた。I Catedral de lluny.
城壁を歩くと大きな白猫が。Muralles romanes i un gat blanc.
 そしてバスに乗って郊外の水道橋跡まで。Pont del diable.


2013年12月27日金曜日

星の巡礼と詩人

日本人学校バザーで50センチモで買ったパウロ・コエーリョ『星の巡礼』(角川文庫)、日本語図書館で借りた金子光晴『詩人』(講談社文芸文庫)読了。現実世界の裏にもうひとつ別の(真の精神)世界がある、というのは魅力的なのだろう。そこにロードムービー的要素が絡まれば無敵だ。ファンタジーの要素も好きな人間にはたまらなかろう。しかし、ひっきょうそれだけだ。金子光晴は詩人としては買わないが散文作家としては面白いかも。しかし『こがね蟲』を富永太郎が評価していたとは知らなかった。

2013年12月26日木曜日

Granada 4

四日目最終日は朝からアルバイシン地区の高台、サン・ニコラス展望台へ。アルハンブラがシエラ・ネバダの雪山を背景に浮かび上がる。El ultim dia, al mirador San Nicolas.

 反対側はサン・ニコラス教会。

2013年12月25日水曜日

Granada 3

三日目はメインイヴェントのアルハンブラ宮殿(アランブラというのが正しい発音)。Al terce dia, vam visitar a l'Alhambra.


しかし寒かった、摂氏1度である。中心はナサリエス宮 Palacios Nazaríes。
そしてその後、けっこう歩いてヘネラリフェへ。I despres a Generalife.
突端の砦部分への入り口は、ドビュッシーがタイトルにした「ぶどう酒の門(日本版では「ヴィノの門」となっているので最初わからなかった)」La puerta del vino.
夜にはアラブ風呂というものに初めて行った。ほの暗くなかなか隠秘な雰囲気である。La tarda, vam anar al Baño arabe.

Granada 2

二日目は朝からマヌエル・デ・ファリャの家を訪ね、そこの番人兼案内のにいちゃんの勧めで近くのカルメン・デ・ロス・マルティレスに。ここは誰もおらず、穴場的存在。(日曜日で無料だったし。)El segond dia : la casa - museu de Manuel de Fala i despres, Carmen de los Mártires.
 庭にあったファリャ像。El bust de Falla al jardí.
ファリャが使ったプレイエル・ピアノがそのままあった。El Pleyel de Falla.
別天地の感あり、ロス・マルティレスの庭。Carmen de los Mártires.
その後、ヌオバ広場を抜けてアルバイシンへ。

Granada 1

グラナダに行って来た。一日目はカテドラルと周辺、ビブランブラ広場、アルバイシン地区など散策。Vaig anar a Granada : el primer dia, Catedral, la plaça Bibrambla i el bario Albaicín.

2013年12月18日水曜日

Journal inédit de Ricardo Viñes

Suzy Levy, Journal inédit de Ricardo Viñes : Odilon Redon et le milieu occultiste (1897 - 1915), Pairs, Aux Amateurs de Livres, 1987. 読了。あまり音楽のことに触れられていないのが残念。しかし、二三の発見が。オディロン・ルドンがサン・シモン主義者で、彼の『女性救世主 Le Messie Féminin』と『二番目の神、両性具有の神性 Le Dieu II Elle la Divine Anrdogyne (sic.)』はサン・シモン主義者たちが19世紀初めに東洋に女性救世主を探しに行ったことがテーマになっているということで、実際に行った人々の一人が音楽的エグゾティスムの鼻祖、フェリシアン・ダヴィッドだったことと結びついて興味深かったのと、フォンフロワド修道院で数世紀前の遺骨が発掘されていた時期に「鬼火」が出て来たのにルドンはたいそうショックを受け、彼のフォンフロワドで完成させた壁画に反映されているということ。(確かにビニェスとセヴラックの顔は鬼火の中に浮いている。)そして、隠秘主義者として出てくるアンリ・ド・ギルベール・デ・ゼッサール Henri de Guillebert des Essarts がデオダ・ド・セヴラックの母方のいとこだということ。そしてまたその情報が筆者が直接、セヴラックの孫のデルクール・ステリー Delecourt Stelly に聞いたという註。このことをピエール・ギヨー先生は知っておられるのだろうか。(そしてまた昨日会ったリュイス・クラレ氏はフォンフロワド修道院でチェロのマスタークラスを持っているというのも、おやと思った。しかし、確かジョルディ・サバイもけっこう関係あるしな。)

Pau Casals

日本ではパブロ・カザルスと言われていますが、正式にはパウ・カザルスです。昨日は、突然コルテスさんからのメールで、カザルスのチェロのための作品のCDの出版記念会に一緒に行こうということで、アウデイトリに行って来ました。アウディトリの「ボス」やら、学生さんたち(博士号を10日前にとった人とか、音楽博物館の館員だけれども大学で研究・教育をしていた人とか)に紹介され、リュイス・クラレ氏にも。彼の奥さんと息子もチェロで、演奏に参加していました。日本公演も来年するそう。カザルスの作品は、ずっと原稿のまま眠っていたそうですが、なかなか美しい。サルダーナもあって、愛国心を感じましたね。

2013年12月16日月曜日

そして発表会

そして翌日、昨日の土曜日は子どもたち(そして家人の)ヴァイオリンの発表会。籠島弥生先生門下であります。わたくしめもピアノの伴奏でお手伝い。日本人学校のお友達とかいろいろ知り合いの方々など多く来てくださいました。みなさま、お疲れさまでした。

Blancafort

金曜日には午前中にモンポウ財団にお邪魔し(そう言えば最近手に入れたモンポウ関係資料にプレジデントのジョアン・ミリャ Joan Millà 氏の若かりし頃の写真があった ― 建築関係の会社をやっていた経済人&音楽愛好家ということで、メインはバルセロナ青年音楽会 Joventuts Musicals de Barcelonaの会長でもう何十年もそれをしていると言う)、午後にはサン・パウ病院近くのホテルでセルジ・ブランカフォルト Sergi Blancafortと会う。作曲家のお孫さんである。彼自身は生物学者&社会学者(慢性病の研究)でサン・パウ病院内の大学の施設で働いている。ブランカフォルトからモンポウ宛の手紙のコピーを持って来てくれた。これでカタルーニャ国立図書館でコピーした、モンポウ→ブランカフォルト書簡と合わせて完全な往復書簡ということになる。彼らの手紙のやりとりは1920年代がもっともさかんで、1929年にブランカフォルトがオーケストラ曲を書き始めると共に徐々に疎遠になった、というのはセルジ君が聞いたおじいさんからの直話。ブランカフォルトは11人!の子どもがいて、セルジ君は8番目の子どもシャビエ Xavier の息子。子どもたちの中では、特に音楽関係では、オルガン製作を始めた5番目のガブリエル Gabriel (息子アルベルト Albert が跡を継いでいるという、そして何と!モンセラットやサグラダ・ファミリアのオルガンはこの「ブランカフォルト製作所」製)、スペイン放送管弦楽団の指揮者だった6番目のアルベルト Alberto がいるとのこと。そして何番目か聞き漏らしたが同じ孫の代のシャビエ Xavier が、本業は経済学者だけれども、おじいさんととても仲が良くて、何十年も毎週のように会って音楽の話しをしていたという。今度彼を交えて、またお話しを聞くことに。El divendres passat, al matí, vaig anar a la Fundació Mompou, i a la tarda, vaig veure el Sergi Blancafort, nét del Manuel Blancafort, compositor. Va ser molt interessant.

マヌエル・ブランカフォルト Manuel Blancafort

2013年12月9日月曜日

Du néoclassicisme...

Michel Faure, Du néoclassicisme musical dans la France du premier XXe siècle, Klincksieck, 1997. 読了。新古典主義というものが、なかなか一筋縄では行かない厄介なものだということがわかった。反動は反動なのだが……。そしてモンポウや松平がそこに「(ヨーロッパの、すなわち当時では最強の)前衛」を見ていたことを思うと、また複雑。

2013年12月7日土曜日

Pianos Puig i Montserrat

木曜夜はグラシアにあるピアノ店プッチでのコンサート。野口紀美子さん(ソプラノ)と御主人のジョルディ・パロマレス(ピアノ)でモンポウやトルドラの歌曲。彼がモンポウ原曲(ピアノソロ)から編曲したカタルーニャ民謡たちは、なかなかうまく書かれていてよかった。コンサート後、彼とその件でお話し。El dijous vespre, vam anar al concert de Kimiko Noguchi (s) i Jordi Palomares (pf) a Pianos Puig (Gracià).
しかしまたファジオリのピアノを初めて聴いた。深い響きである。これは店の入り口の把っ手。La porta de la tenda.
 そして、翌日の昨日は一日、モンセラット遠足。まずはバジリカの裏にある黒い聖母像を見学し、その後、エスコリア少年合唱団の歌を聴く。これはバジリカ内陣。中央上の方の窓から黒い聖母像が見られる。I ahir, a Montserrat. La basílica.
 そしてモンセラットの魁偉な山容。圧倒されます。

猫ちゃんも。I un gat davant la muntanya.

2013年12月2日月曜日

サーカスとカリヨン

昨日は港近くのサーカスに。Ahir vam anar al Circ Raluy.
 古いストリートオルガン。
そして今日はカタルーニャ自治政府庁舎の中でのカリヨンの演奏会。初めて中に入った。カリヨンのコンサートも初めて。Avui el concert de carilló al Palau de la Generalitat de Catalunya.
 庁舎内のパティオで、野外で聴くのである。サン=ジョルディの泉が見える。
終わって外に出ると、ジャウマ広場でクリスマス用のジオラマが。なかなか面白い。
 カテドラル前ではクリスマス用品の出店が軒を連ねていた。
我が家用に購入した、カガ・ティオとツリーとカガネー(女医さんです)。